March 2000  |  01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

未来教育 アラスカ物語             グローバルプロジェクト 鈴木敏恵

 ■ 1998年10月―アラスカ
 未来の教育に重要な意味をもつ「遠隔教育」に深い関心をもつ私は,まさしく「遠隔教育」が活きる広大な大地,アラスカへ行きました。広大な大地に点在する集落と学校。「自分で,小型飛行機を操縦して,へき地の学校をまわるんだ。」と逞しい州政府の情報教育部長。「石油や海の恵みなどこの地の豊かな資源が,枯渇した時,子ども達が生まれたこの土地を去ることなく,生きていけるように,インターネットで世界を相手に仕事をしていける力を育ててあげたいんだ!」信念をこめて語る。その視線は,厳しい大地の未来を見ていた。

■ ジャパニーズ・イマージョンとの出会い
 アンカレッジの公立小学校を訪問。アラスカの子たちが,理科も算数も授業の始まりから終わりまですべて日本語で学んでいた。
それは,「ジャパニーズイマージョン 」と呼ばれる授業。教師は,日本女性。
■ ここなら,小学生同志で交流可能だ!
 学校間の国際交流学習は「言葉」がネック。ゆえにどうしても英語ができる「高校,中学」が多くなる。
 しかし,この小学校ではジャパニーズイマージョンをしている!!! ありがたい,アメリカの子たちが日本語ができる! 子供同士,生の声や表情で ,気持ちや知や感動をやりとりできる!ここなら,小学生同志で交流可能だ!

■ 未来教育プロデュース開始
 多くの協力者の惜しみないお力で動き出しました。
プロジェクトを成功させる最大のポイントは,なにより「会う」こと。
  実際に会って,話したり,食事をしたり,夢を語りあったりすることが必要。ゴールや夢や要素,条件などを充分に話し合うことが不可欠。そして,ともにこれからどう進めるか?「時の入った設計図」をつくることだ。

■ 帰国後,矢部村へ電話する
 米国サイドの関係者と構想開始。日本の相手校として,福岡県の矢部村を候補と考え早速,教育長に電話をする。
矢部村は,福岡県の小さな村。教育長がNHKテレビに出ていた私を印象深く記憶しており,後日,私に連絡を下さったことが,私と矢部の交流のきっかけとなった。


■ 1998年12月,矢部村に行った。講演で,教育長はじめ教育関係者や村民にアラスカの話しをする。「総合的学習にグローバルプロジェクトをしませんか?」と提案。みんな大賛成!!

■ 1999.5.31―再びアラスカへ
 5月31日,矢部村の教育長をはじめ,教育委員会や学校の先生方と,再びアラスカへ行った。
 プロジェクトを成功させる(=夢を叶える)には,綿密な「準備」と「勢い」が必要だ。
 矢部村サイドに,「顔入りの英語の名刺」「矢部村の紹介文書とビデオ」「子ども達の英語による挨拶集録,伝統芸能などのビデオ」「姉妹校条約書」「矢部村産のお茶や急須など,お土産」「大きな日本地図・九州の地図」「矢部の子ども達の習字や絵など作品」等々の準備を提案した。

■ 姉妹校条約成立させる
 6月1日,アンカレッジ市のボブ教育長,キャロル副教育長,パトリシア校長,教育委員会の前で,私達が未来教育プレゼンテーション。ビデオによる矢部村の紹介,子ども達が英語で自己紹介する映像に関係者一同,心動く。
  矢部村の椎窓教育長も日本伝統の大きな平ゴマのパフォーマンスを披露した。成功! ここで,姉妹校条約の話を持ち出す。ボブ教育長,キャロル副教育長,パトリシア校長,私達の情熱に心開き,頷く。

  書類にサイン交換し ,「姉妹校条約成立」。みんな,みんなのお陰だ! 鈴木敏恵のはじめての国際プロデュース成功!

  大きく5つの交流案を交わす。インターネットや,TV会議システムによる交流そのものに意味があるのではない。コンセプトこそ大切なんだ。その自覚も双方共通。

■ 継続は,誠実さの証拠
 子ども達にとって大切なことは,イベントではなく,永くずっとつき合える安心感。

  正規の教科として,総合的な学習でこのグローバルプロジェクトをおこなうには,継続性が不可欠。継続は,誠実さの証拠でもある。

 そのためにも「姉妹校」として交流できることは有効,有意義なこと。奇しくも1999年は,相手校であるサイドレイク小学校にとって「ジャパニーズイマージョン開始10周年記念の年」だった。
■ アラスカへ
福岡空港・ソウル経由・アンカレッジ空港到着。矢部のみんなは福岡空港からソウルへ,私は神戸で講演後,関西空港から少し遅れて入る。

  ソウル空港,17番ゲートで合流。ウンいる!矢部のみんな,子ども達。夢か現実か! うれしいよ!

  2月19日の夕方に日本出国,19日の昼にアンカレッジ着,時差はマイナス18時間。アンカレッジ空港,米国入国審査。到着したのは午後。学校の先生や教育委員会のメンバーとツアーガイドの古賀勇さんと私,鈴木敏恵が子どもたちを包むように異国の地に到着。入国審査は,ひとりづつ。一年生のあいちゃんもみんなです。入国審査官の座るたかいカウンターより子どもたちは背が小さい。愛ちゃんの髪の毛が見えるていど,彼らは一生懸命背伸びして,顔を審査官にみせています。後ろに並ぶ大人達の,みててはらはらの眼差し。

(写真)

■ 2000.2.20―公演前日の練習
 さきに輸送した太鼓に久々に会う子どもたちへ池田先生が言う。「太鼓に,よく来たねといいましょう,撫でてあげましょう。ウン,ちょと叩いてこらん。」 …放つことを封じ閉じこめられたような鈍い音。「…なんかアラスカで聞く音,違うね?どうおもう?」子どもたちの意見「高い,ひびかない,へんな音…」。「そうだね,これがアラスカでの音です。飯干小でやっているとおりにやってください。」「ずいぶんやっとらんけんね」と,大人びた子どもの声。「これから練習を始めます,礼」 直後「覚悟」に似た意志が,13人全員に行き渡る。かつしくんが両足に力を入れ構える,みんなも続く。「ハッーー…」こどもたちの表情が一変する,全員に「気」が入る。高く明瞭な声が,その場の空気を一変させる。男の子たち,なにかに向かっていくような強い構えの姿勢になる,武士の表情。女の子,口元,視線,全身がきりっと締まった。ひとりひとりになにかが憑依したような静かな深い勢いが宿る。

  日本太鼓独自のかすれ,余韻,響き,間,ひと呼吸…,乾燥しているこの地では,難しいかと思った瞬間に,大太鼓がみごとにずしんと空気を破り,正面に立つ私の全身を貫いた。さっきまで寝不足でちょっと休んでいたあつふみくんの表情が変わってる。ゆうたくんの「ハッ!」という声で,一段と勢いが増す。みんなが一斉に,「ハッ!」と声を前に出す,連打。全員が一定のリズムで,要の右足と控えの左足に重心を揺らがせ全身でリズムを大きくとる,見る者の魂を奪いとる,凄くいい。小さくかすかな連打に徐々にひとりひとりが加わり,段々音が大きくなる。連打,連打,連打! すべてがその瞬間にひとつに集中。共振…天井シャンデリアの一部,手のひら程の「飾りカバー」が真下に落ちた。


■ 2000.2.21〜22―第一回目の本番
 「キャプテンクックホテル」にて公演。教育委員会のパトリシアさん。サンドレイク高校のジャニス校長,テレビ局や新聞のお知らせなどを見て集まってくれた。金髪やブロンドの白い肌の人,中国系,日系人…,赤ちゃん連れの若い夫婦,杖で要らした年輩の方,そして日本総領事館の辻本夫妻,アンカレッジ教育委員会,たくさんの前で飯干太鼓がはじまる。

  国が違っても,人間の心は同じだ,技術でなく,器用さでなく,真摯で全身全霊の演奏,魂,誰をもの琴線を大きくかき立てた。演奏終了。一瞬シーンとなる。良かった,大きな拍手の音が大ホールに。苦労が刻まれた皺,黒髪の日系人らしき人々が涙を拭う。その表情に,日本人である誇りと故郷への慕情が。

  子どもたちは大変すばらしく,観客はみな真剣・のめり込み姿勢・感動・立ち上がり・拍手なりやまず。誰もが純粋さ,真摯さに精神が清められたような…,矢部村の大人達,関係者みな,もちろん私も涙あふれ,感激という言葉では言い尽くせない感激。

  翌日は,いよいよ学校で太鼓を叩く。

■  「ダイモンド高校」2000人の高校生が総立ち拍手喚声!これが米国!「スタンディングオベイション!」
  「サンドレイク小学校」,日本の小学生が演奏,米国の小学生が聴く,子どもと子ども。拍手喚声! 演奏後,子ども達同志の交流,みてて楽しい嬉しい。

■  反響は素晴らしく,アンカレッジデイリーニュース新聞の一面を飾った。テレビニュースも2局で。

  辻本日本総領事からお誘いを受けた。閑静な住宅地にある,総領事のご自宅でもある公室へ,山盛りの美味しい日本食,子どもがすきなピザやプリンもちゃんと! 丁寧に食べきるだけお皿に取る,お行儀のいい矢部村の子たち,なんとなく私も誇らしい。

  22日,私は,建築家の方々や教育委員会のテクノロジーコーディネータの人々へ「未来学び舎のプレゼンテーション」。教科書英語とはほど遠いが,パッション届けとばかりにスピーチ。とてもスマートにできた,みな大満足,すごく感心そそられた,役に立ったと握手。見守っていてくれた,マークさんとハッチングスさんが,にっこり私を見る。よかった!

  アラスカを発つ日,夜明け前というより夜更け。夜中の1時にアンカレッジ空港へ向かうなか,「オーロラ」が現れた。バスから降りて雪の上に立ち,みんなで天上を見上げる,グリーンの大幕が舞う,薄い虹色のカーテンが幾重に揺れる。そして濃紺の夜空に鮮やかに北斗七星が輝く,それはアラスカ州旗のデザインのまま。奇跡は不思議さもなく子ども達を歓迎し続けた…。神様ありがとうございます,あなたは,最後までなにもかも完璧に素晴らしき一瞬一瞬をプレゼントしてくれました。
「帰るの,ちょとさみしいいキモチがする」,空港へ向かうバスの暗闇のなか,かつしくんの声。サンドレイク小学校で沢山新しい友達が出来たんだよね,バイバイするとき手を振り続けたね。たった4日間だけど,すごい事の連続だったもんね,私たち大人もじーんとしてたんだよ。

  さよならアラスカ,子ども達の夢を咲かせてくれてありがとう。 

  帰国後,3月にはこの全校生徒13人の飯干小学校は閉校。村には,矢部小学校がたったひとつの小学校となる。

  飯干小学校の子達の殆どは,全校生徒70人ほどの矢部小学校へ転校となる。しかし夢のスタートは,これからだ。新しい春から,矢部小学校とサンドレイク小学校のグローバルプロジェクトが開始する! インターネットでメール交換やテレビ会議システムを使い,アンカレッジと福岡県矢部村の子どもから大人までの国際コラボレーションがスタートするんだ。

  ゆっくりと未来は、これから花開くんだ。

■ 鈴木敏恵/未来教育デザイナー/文部省審議会委員等公職歴任
著書『未来への提言』『ネットデイで学校革命』学事出版,『未来教育…総合的な学習』VHS明治図書,『マルチメディアで学校革命』小学館





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